僕というストーリー

「のり」の物書きブログ

仮面の少年

人々は心に何かを秘めて対人関係を築き生きている。僕にとって人は何かを問うものであるのだ。人々は同じ問いを日夜、考えているに違いない。そう思いながらポケットに手を突っ込んで小銭をいじくりながら考えていた。雑踏に立ち僕は僕を演じるために歩くことにした。

この街に来て3日、僕は僅かな小銭しかなく、この街に来たことを後悔した。僕は家にいづらくて毎日、イライラして親への反発心で家出をした。勝手な振る舞いとは分かっていたが、なぜか足はこの街に向かわせる。

都会の中に溶け込めるか考えずに来たから、何の不安もなかった。たどり着いてから急に不安が沸きあがり、涙腺が熱くなり涙があふれそうになる。この街に来たが目的はなくて、どこでも良かった。幾つもの電車やバスを乗り継いで何とかやって来た。僕はどこに住むか決断するまで3日も掛かった。ホームレスが多く住んでいるところで過ごす。初めての体験だったけど夏が終わる時期で過ごしやすかった。

この街は大学が点在している。飲食店街が多くありバイトも数多くあった。僕にはその前にやるべきことがあった。この街のことを知る意味でも嫌々ホームレスに尋ねる

「オッサン、聞きたいことがあるんだ。メシはどうして食っているんだ?」

オッサンは段ボールの小屋から顔をのぞかせて僕の問いに答える。

「お前は何だ。どこの奴だ」と鬱陶しい顔をして言ってきた。鬱陶しい言い方をされるのは僕の言い方が悪いと考えていた。突然、思い立ったように言ってきた。

「メシは飲食店から取るんだ。ようするに残飯を食うってことだ」と信じられない言葉が心に突き刺さった。

このオッサンは人間を捨てたと思いショックを受けたがホームレスになった理由は尋ねなかった。人間を捨てたようだが誰も人間を辞めることはできない。残飯を食べるのも生きる手段。ただ、人としてすることではない。

オッサンは「オレとご馳走をかき集めようか?」と言う。僕は不快で言葉が出なかった。

「何も言わないことはお前も行くんだな?」と汚い手で肩を叩かれる。

日没前、僕らは飲食店街に向かう。オッサンは僕の名を知りたがっていたが、かたくなに拒否すると「お前、おかしいな」と笑われた。

街は騒がしく人々は解放感から笑い、疲れが吹っ飛んだ。飲食店街に繰り出し、人々の中に僕らは紛れ込む。オッサンは身なりはわりと清潔そうだったので、道行く人からも冷たく見られなかった。オッサンは店の裏に回りゴミ箱をあさる。それを見て不様だと感じ、未来の自分を見ているようで悲しい。

残飯をあさりつつ店員募集しているところを探していた。住み込みで働けるところだ。家出中の身なのでオッサンに良い案がないのか尋ねてみたが返ってきた答えが簡単なもの。

「流行ってそうで人手がいる店を探せばいいんだよ」

「誰でも分かるんだよ」と、間髪入れずに僕は言い返した。

オッサンが夕食の選別をしている間、表で求人の張り紙や店構え、客の入りのチェックをした。何軒か見て回っているとオッサンが言うような店があった。

店の名は、大衆食堂『おおぐい』と大盛りのメシが自慢な感じ。のれんをくぐり店に入った。外から分かるように繁盛していて学生たちの声や注文を取るオバチャンの声など、理想に近い大衆食堂だった。注文を取っているオバチャンに求人のことを尋ねる。

「あの、求人募集の件でちょっと話が……」と恐る恐る聞いてみた。

「店長を呼ぶから客の邪魔するんじゃないよ」

店長が現れるのを入り口前で僕は待った。鉢巻きをした巨漢の男が現れる。

「お前か。ここで働きたいのは……。お前住まいはあるのか? なければ住み込みも可能だ」

僕は働きたい旨を告げたが「身分を示すものがなくて困っている」と言うと、何のためらいもなく雇ってくれた。

この日、僕らは公園の寝床へ残飯のご馳走を持ち帰る。ご馳走だと皮肉れる品でもなく食べられるか不安だった。

「これがお前の分だ」と僕に渡してくれた。

食べたいとは思わないが腹を満たすためには仕方がない。僕は腹をこわすと思いながら恐る恐る食べた。その辺、オッサンは免疫ができているのか普通に食べていた。夜が長く感じて眠るまでは公園近くをふらふらと歩きながら時間を費やした。結局はベンチで眠った。

仕事日、目覚めは悪くもなくオッサンを起こしてやる。目をこすりながら起き上がった。

「今日でお別れだな」

いつでも会えるのにしみじみとした。僕は働き先の大衆食堂へ向かった。オッサンとは、これからも会えるし別れではない。そんなことを思って歩き店にたどり着く。店は準備中で店内には店長がいた。

「お前、早いの。けど時間前に来るのは褒めてやる」

褒められたのは、この1回きりで仕事に関しては自分でもあきれるほどだった。簡単な皿洗いは限りなく続き気付けば皿を落としている。仕事に嫌気が差しているのを店長に見破られた。

「少しも努力をしないのに辞めるのは情けないぞ」

僕にはプライドがあり負けずに働き続けた。

ある日、店の裏でゴミを捨てているとオッサンがいる。久しぶりなので声を掛けた。

「オッサンじゃないか。久しぶりだな」

「ずっと会いたかったよ」

僕はうれしくて「仕事を終えたら公園に行く」と言う。すかさずオッサンは差し入れを要求してきた。

午後9時、仕事を終えて公園に行くことができた。久しぶりの公園は昔に遊んでいたような懐かしさがある。オッサンはトイレで用を足してトイレから出てきた。

「お目当ての差し入れだ。いつも食ってるのよりおいしいよ」

オッサンは「サンキュー」と横文字で言ってくれた。仕事のことを気遣ってくれているように思え、オッサンなりの優しさと感じる。こんな生活で優しさなんて必要はないと思うけが、もしかしてオッサンは息子がいて僕を息子のように見ているのか……。

家出をしてから初めて僕は家族のことを思い出した。親を捨てて仮面を被ったつもりで生きているから簡単には帰れない。帰ると僕が親なしでは生きられないと思うはず。

オッサンに会わないと決心したが逃げることができない。毎晩、店の裏に待ち伏せされた。困っていたときに同じ住み込みの徹に見付かる。

「昨夜のオッサンは何者なんだ。店長に言わないから教えろよ」と翌日、徹に尋ねられた。

僕は答えることもなく黙々と皿を洗う。店員たちは僕がホームレスと仲が良いことを噂している。気持ちには会うことへのためらいも、ある決心へと変わり掛けていた。周りへの関係もあり、会うのを止めるつもりだったが、オッサンの暮らし振りが気掛かりで見捨てることができない。結局、僕は周囲の声を無視することにした。

オッサンに店の周辺には来るなと言うことにした。店の裏に待ち伏せしているオッサンにためらうことなく近寄った。

「オレはお人好しでない。だからオッサン。ここへ来るな」

僕は裏腹な気持ちでオッサンを突き放してしまった。突き放したつもりでもオッサンには通用しなかった。

ホームレスに関わる奴は奇異な目で見られる。メシを食わしてやってるのは僕だから、このままだと店にいるのは困難。周囲の目から逃れるために重大な決意をした。

翌日、僕は仕事を終えてから街を散策する。秋風に吹かれながら親のことを思い出して歩いていた。もうすぐ取り返しのつかないことをする。僕には殺意が目覚め、生んでくれたことを後悔した。

いつもの時間帯にオッサンがやってきた。今日は珍しく残飯で腹を満たしたようだ。若干、僕の言葉に心を痛めているようだ。オッサンの責任でもない。人から奇異な目で見られてるだけなのに殺意が沸きあがったことは自分の汚点になっている。

ポケットに忍ばせていたナイフを手にした。震えながらオッサンに歩み寄りオッサンの肩をたたき、こちらに振り向かせた。ナイフは街灯に輝きオッサンは目を細めた。輝きは2人を包み時間が僕を支配して、ゆっくりと胸を刺した。そしてオッサンは声を振り絞り「何の恨みがある」と言った。

僕は何の恨みもなく殺してしまった。ホームレスは人間を逸脱した行為、それに制裁を加えたかっただけ。単なる自分の勝手でもあったが自分を正当化するための理由を作った。しかし僕は仮面を被ったように別人を装い逃げなければならなかった。

悲しみや悔やみもなく、ひたすら逃げた。追い掛けることがないオッサンから逃げた。生い立ちや性格、顔も捨てて僕は他人という仮面を被り、今の生活を捨て逃亡生活に変えた。これしかなすすべもなく、重たい仮面を被って街を転々とした。オッサンという仮面をして、いつしかホームレスになった。