僕というストーリー

「のり」の物書きブログ

心のゴミ

現在、俺は仕事もせず親のすねをかじって生活をしている。人からすれば駄目人間の部類に入る。何度かバイトをしたが、ある日、教育係に当たる店員とケンカになりバイトを辞めてしまう。人間関係を強く意識するようになった。俺は、外に出歩くことがなく引きこもり状態になり、毎日、テレビ三昧で疲れるのは目だけだった。親と会話をすることがなく、意志の疎通をするときは「うん」とだけ。昔はしつこく人と喋っていたので、あのときのことが自分でも疑いたくなる。

ある日、俺の現状を知らないタケルから電話があった。

「トモヤ。今、実家に帰ってるんだよ。会わないか?」と奴は相変わらずの調子で言う。

辛い外への誘いなので迷って言った。

「明日は、重要な仕事があるんだ」と嘘を言って断る。

タケルは強引な奴で今から家に行くと言い始めた。俺は断る理由も見付からず仕方なしに会う約束をする。人を家に招き入れるなんて4年振りだ。招き入れるにも親と全く会話をしていないから、タケルの訪問のことは言えない。居留守を装いタケルに会わないことも考えた。計画は親の手で壊され俺の現状を知られることになる。タケルは俺の親から聞かされていた。何故ならタケルとは幼なじみだからだ。

タケルが来る日曜日、俺は久しぶりに洋服を着る。いつもパジャマで過ごして人らしくない生活をしていたけれど、この日は別人のようになった。

予定時刻は午前10時。時が経つにつれて俺は会話ができるのか不安になる。何故か酷く臆病になった。人間って奴に不信感を抱いていたからだ。不信感は自分の幼さから出ているとも思った、会う覚悟はあったが言い知れぬ恐怖心もある。

定刻になりタケルがやって来る。俺は耳をすまして様子を窺っていた。聞いてみると何やら俺の母親とタケルが話している。声は、だんだん階段へ、部屋に近づき、不安が高まったとたんドアがノックされた。

「トモちゃん。タケルさんが来られたわよ。開けてちょうだい」と子供扱いをするような言い方で母親が言う。

怒りが沸きあがったけれど、勇気を振り絞ってドアを開ける。

「トモヤ。久しぶりだな」と奴は懐かしそうに言う。

うつむき加減に会釈したが、奴が次に言った言葉が気に食わなかった。

「お前らしくないな。もっと言うことあるだろう。例えば会いたかったとか……」

俺は簡単に「はあ、そうだな。気が利かなくてゴメンな」と言う。

奴は何のためにやって来たのか分からない。連絡もくれないのに、どうして会わなくてはならないのか。考えながら奴の話を聞く。母親は横で聞いていたが気を遣い、俺らに応接間に行くように言うのだ。

俺らが応接間につくと「それじゃ、2人でお話でも。後でケーキをお持ちするわ」と母親はその場を離れた。俺らは2人きりになり何やら重たい空気が漂い、4年間のことを話す用意ができたけれど、タケルが厳しいことを言う。

「お前の顔、血色がなくなってるよ。目に輝きもない、昔のお前とは別人だよ」と、ボクシングに例えると強烈なストレートパンチである。

「言いたいことはそれだけか」と俺は強く言いたかったが、生気のないような震えた声になった。

「ケンカをしに来た訳じゃない。昔のような生き様を見せてほしいからやって来た」とタケルが言う。

そう言われると確かに嬉しいが、以前から親がタケルに俺のことを電話で話していたのが納得できない。親やタケルに怒りをあらわにするのは理不尽だ。何故なら俺のやっていることは登校拒否みたい、大人には相応しくないことだから。俺は言う。

「知ってるんだな、俺の堕落振りを……」

「そうだ。だから来たんだよ。ゴメンな」とタケルは詫びているようだ。

俺らの会話は途絶えセリフの1つも出てこない。沈黙を破るようにタケルが言う。

「外へ出ないか? 久しぶりに家の周辺を見て回ろうよ」

昔の光景が脳裏をかすめ、子供時代の残像がパラパラ漫画のように浮かび、胸に熱いものを感じつつ間をあけて言う。

「そうだな。気分転換に街の様子が見たい」

タケルの時間が許す限り2人で街を歩く。五感で街を満喫したけれど歩くのは疲れる。

ケンカをして辞めたバーガーショップに指を指したけれど、タケルが昔話を始める。

「ケンカで悩む奴は知らないよ」

昔は人間関係に長けていた。バイトに就く前、彼女の「モエコ」と別れた。彼女に安らぎを提供していると自分に自信があった。優しさがうわべだけだと感じたらしくて疎遠になる。

以来、糸の切れた凧のように人生が狂い堕落して、部屋にこもる日々が続き世間知らずになった。

タケルがモエコと付き合っていたことを聞く。

「もちろん向こうからアプローチしてきた。俺は性格やルックスで惚れた。大きな要素は彼女が俺に惹かれていたことだ。ようするに恋人同士」

俺が怪訝な顔をしたので「まだモエコが好きなのか」とタケルは俺の想いを察したように言う。

タケルには俺とモエコの関係を修復する画策があるようだ。含み笑いをして俺に言う。

「風の噂で聞いたけど彼はいない。誰かのことが忘れられずにいる。お前のことだよ」

俺は言った。

「関係ないよ。過去を修復なんかできやしないよ」

取り戻せないと思い遠くの建物を見上げ、目の焦点が狂い建物はかすんでいる。俺は時間を遡りゼロからやり直せるとは思わない。現実逃避しているけれど現実志向だ。恋人に戻って自分を矛盾させるわけにはいかない、難しい状況である。タケルは言う。

「お前の自信消失はモエコとの別れにある。モエコも分かっている。今しかないんだよ。過去と自分を取り返すチャンスだ!」と力説される。

久しぶりにタケルと会い、意志が注入されたような感覚になる。気分は高揚して不可能が可能になるようだった。底辺以下の世間知らずが社会の一員になる革命、精神革命と言える。

タケルがくれたモエコのメルアドのメモ。ぼんやりとメモを眺め、パソコンでメールを送ればいいと考えた。

俺は過去の自分を取り戻すためにもモエコの存在が必要だ。恋人に戻るきっかけになる文も見付からない。パソコンを使うにも久々でメールどころの話ではない。父親の本棚からパソコン関連の本を探す。見つけだした本を読みながらパソコンを使い、一通りの基本操作を思い出してメールを打つ。

「突然でゴメン。モエコ覚えているだろうか? 時が経ちボクたちの仲にポッカリ空白ができた。ボクに親友が存在しているのを知り、心は再び冬眠から目覚めたようだ。今、どのようにして生活しているか分からない、幸せに人生を歩んでいると思う。君を不幸のどん底に突き落とすためでない。ボクは目映い光源を求めるためにメールをした。独りよがりだと思うかもしれないが、ボクは君とやり直したい。ボクに救いの手をさしのべたいのなら返事を……。トモヤより」

想いが伝わると思い送信をする。くるわけがないメールをメールチェックしつつ心より待つ。

1週間後の真夜中、メールチェックすると1件のメールがあった。一目瞭然でモエコのメールと分かった。誰かがなりすましているとも思ったけれど、早速、モエコのメールを読む。

「メールありがとう。突然のメールで驚いた。モエコは相変わらず健気に打たれ強く頑張ってる。メルアドってどこで知ったの? 今度会わない?」

想いが伝わっているか疑いたくなる。ひな形にはめ込まれた文章にも思えたが俺は返信をした。

「トモヤです。返事大変嬉しいです。突然メールで酷く驚いたはず。驚き嬉しさの余り気絶するかと思ったよ。メルアドはタケルが教えてくれた。暇だから会いたい、モエコが日時設定してくれたらいいよ」

返事が来るまでの間、俺はモエコとの思い出の場所に行く。思い出と言っても思い出が少ない恋人であった。相思相愛でもなく、極端な言い方をすれば他人行儀で本当に恋人か疑うもの。恋人らしいことは公園に行っただけ。公園で話したことは楽しいではなく、人並みに恋をしていると心の中で叫んだものだ。

いつも思い出は与えられるものと信じていたが、思い出は恋人で共有してこそ思い出と知ったけれど、一つの疑問があった。共有してこそ思い出ならモエコはデートのことを覚えているのか?

疑問は昼夜問わず俺の頭の中を巡り、脳に蛇が絡み付いているようだ。

真夜中、メールをチェックしてみると、再会は1週間後。再会に躊躇う。引きこもりの生活をしていたから不安だ。

再会までの間、倦怠感に襲われて窓を開けることを拒む。世界を非現実にして、個人的なことを現実にしているようだ。

俺には、もう一つ忘れかけていることがある。モエコと別れていたのか、会わずにいただけなのか、別れてから引きこもったのか……。

モエコとの再会の日が迫っている。胸騒ぎがして布団をかぶり天井を虚ろな瞳で眺め続けた。何をしているのか自分でも分からない。一つだけ分かっていることがある。再会の日が近付いてること。現実の苦しみを耐えることで人間らしくなれると信じる。再会は明日になった。

待ち合わせ場所は思い出の公園行きのバス停だ。快晴で再会の日には相応しい、清らかなモエコを思い浮かぶ。

モエコがバス停に到着している。俺に気付きモエコが声をかけてきた。

「久しぶりだね。モエコの顔、何年も見てないけど、あの日のままだよ」と精一杯の強がりで俺は言う。

話しながらバスに俺らは乗り込むとバスは公園へと走り出す。いつの間にか思い出の公園前に到着していた。懐かしい風景に涙が溢れそうになる。引きこもりから逃げられないと悟っていたからだ。モエコは微笑みながら腕を組んできた。気分は妙で、今まで、こもってきた理由を考え、核心に迫ってみたいと思ったけれど、何故、別れたのか思い出せない。

モエコが池の前で立ち止まり何かを言ってきた。

「昔、ボートに乗って話したことを覚えてる? 『俺は絶対に君を守り抜く!』って言ってくれたじゃない。私、嬉しくて抱きついたけれど、意志とは反していたの。それを知ったトーちゃん、投げやりになりバイト先でケンカをしてから引きこもったよね。私、分かったのよ。トーちゃんて底なしのガキって。だから正式に別れようよ」

俺は意識を失ったように空を眺めていた。もうモエコは公園にはいない。俺には為す術もないのだ。ショックだったけれど恋人であった証拠となり満足だった。

タケルはモエコの恋人なのか。何の恨みがありタケルとモエコが共謀して俺を騙すのか。俺の被害妄想なのか分からなくなって、あの2人は俺の中で心のゴミに変貌した。

心のゴミ、自身が作り出した怪物。怪物に思い出を好き放題に荒らされたようだ。何のために俺が産み落とされたか分からない。モエコと別れて大切なのは俺、独りだけの世界だと気付く。自分の殻で、もう1人の自分と対話しながら生きることにした。