僕というストーリー

「のり」の物書きブログ

僕という過去の僕

彼は小四から緑に恵まれた静かな病院で入院生活を送っている。時が経つのは早く入院も、あれこれ30年以上になった。彼には社会経験はないが、病院に隣接する支援学校を出ている。それなりに高等学校の卒業者としての誇れる資格はあるが、専ら趣味をしながら入院生活を続けていた。

今日はいつものように精神状態が悪く、独り寂しく病室で昼食を摂った。高栄養ドリンクだけの病人そのままの昼食だ。彼の本音はこうである。今日のメニューが嫌いというだけのことだ。看護師は素っ気ない表情で昼食を持ってくる。それはまさしく事務的な人にしか思えない。

看護師が趣きないパッケージデザインの缶を空ける。音が空しく病室に響いて甘ったるい匂いがした。過剰に甘ったるい味の高栄養ドリンクを飲ましてもらい、薬も飲ましてもらうのだ。高栄養ドリンクは生温く、缶は頬に当たると冷たいが口に広がる味が冷たさを忘れさせた。昼食は時間にして五分程度で終わる。彼には寂しい昼食でも寂しいとは言わずにいる。それは高栄養ドリンクの甘ったるさに美味しさを感じて寂しさを忘れるからだ。

彼には寂しさよりも、とにかく甘ったるい匂いとそのような味が大切だと看護師は気付いていた。もちろん彼は気付かれているのを承知で飲ましてもらうのだ。しかし、看護師は彼の気持ちには干渉せずに高栄養ドリンクを与える。それは彼と看護師との間に親和的な関係性はなく、他人としての関係だからだ。昼食には看護師とのなあなあな誘惑でなく、甘ったるい味に誘惑されてのことである。

彼の目は寂しさに満ち溢れているが寂しい想いよりも甘ったるい味が大切だという証拠だ。高栄養ドリンクと薬を飲むだけでも、彼には至福な昼食だ。いただきますも、ごちそうさまも言わないが彼には昼食に満足している。彼という僕の心には彼の気持ちは分からない。

筋ジストロフィー―いま筋ジストロフィー患者の生活と治療を見直す (ザ・ファクト (No.2))

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